人全般について

この晴れの匂いと残っている雨ぽい匂いが混ざっている感じ、とてもすきだ。

 

決め事とは。

自分で決めるということ。

 

こんなにも、あっさりと破っていくなんて。

惹きつけられて、引っ張られていく。

と書くと受動態な見た目に寄ってしまってちがうんだけど、

惹きつけられにゆく、引っ張られにゆく

ということだと思う。

 

もう動いてしまっている、

ということなのだよ。

 

半年前にどこかで訴えたように

意思なんてあってないようなものだ。

 

コトバという枠でくくることの安心感、浅はかさ。

 

 

 

 

 

わたしは、人の浅はかさも愚かさも醜さも感じてしまうところに一気に生きてしまったわけになってしまったけど、

それでも、人のいるところに生きようとする。

 

 

まだ呪縛から完全に解き放たれたとは思っていないし、そんなことは無理なのではとどこかであきらめているけれど、

でも、そこからは離れていくわたしを自覚している。意思なんてないのだとしたら、それは本当に自分で強みを自覚していいと思っている。そんな弱いもので支えられるより、もうなにものにも影響されることなく、突き動かされるものによって、わたしは突き動いているのだ、とそれだけが支えであり、他に要るものはない核である。

 

 

でも、震えが止まらなくなるときもよくある。

見て見ぬふりをしながらその場をしのぐのではなく、こうなっている今のわたしはどうなっているのだろう、と、そこに、そこに生きようとすることでしか、生きてゆく次元は深くならない。

 

 

 

 

 

 

 

そうして、人を、わたしはまた頼ってみようと突き動いてしまった。

人の匂いをかぎにゆく。

それだけだ。

 

 

 

 

 

 

ほいな。